深夜の国道1号線。 ひたすら車を走らせた2時間は、これまでの人生で一番長く感じられたかもしれません。
母が転倒して救急搬送されたという知らせを受け、ようやく辿り着いた病院。救急外来の重い扉を恐る恐る覗き込むと、そこには夕食も摂らずに待っていてくれた叔父夫婦の姿がありました。
申し訳なさと不安が入り混じる中、看護師さんに呼ばれて病室へ。 そこで目にしたのは、頭を包帯でぐるぐる巻きにされた母の姿でした。 「そんなにひどいの……?」 一瞬息を飲みましたが、幸いにも医師からは「傷自体は大したことはない」との言葉。少しだけ胸を撫でおろしたのを覚えています。
ただ、母は立ち上がろうとすると激しくよろけてしまう。 「念のため、もう少し検査をしましょう。このまま入院してください」 その言葉に従い、明日また来ることを約束して、その夜は病院を後にしました。
「すぐに帰れる」と思っていた翌日
翌日、私はどこかで楽観していました。 「傷は大したことないんだから、今日にでも退院できるだろう」 そう自分に言い聞かせながら、再び病院の診察室へ向かいました。
しかし、先生から告げられたのは、私の予想を裏切る言葉でした。
「このまま、しばらく入院が必要です」
問題は頭の傷ではなく、母の歩行が著しく不安定であること。そして、認知機能の低下が顕著に見られることでした。 目が不自由な父と、認知症の兆候がある母。 「今の状態で、老老介護の自宅へお返しすることはできません」 病院側の冷静な判断が、重く心にのしかかりました。
突きつけられた「いつか」という現実
それからは、実家で病院からの連絡を待つだけのもどかしい日々が続きました。 職場に無理を言って休みをもらい、静まり返った実家で過ごす時間。 「母はいつになったら、この家に帰れるんだろう」 そればかりを考えていました。
数日後、病院の相談員の方との面談。 そこで切り出されたのは、退院の目処ではなく、「施設への入所」の勧めでした。
いつか、そんな日が来るかもしれない。 心のどこかでぼんやりと覚悟していたはずのことが、今、猛烈なスピードで現実になろうとしています。
親の老いを受け入れる準備なんて、本当はいくら時間があっても足りないのかもしれません。 突然訪れた転換点に、今はまだ心が追いつかないまま、母にとっての最善を模索しています。

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